何者かになりたかった私

こんにちは。

 

私は大学院に行っていたので、社会人デビューが遅かったのですが、

20代半ば過ぎに社会人デビューすると、最初のうちは仕事が充実していて毎日が楽しかったのですが、1~2年経つと、自分にはこれといって何も無いことに気付きました。

 

何も持っていない自分がイヤで、人生を考えるようになりました。

会社で働き続けていても定年は60歳。人生を懸けてやり遂げる何かが欲しいと思い始めました。

 

いわゆる人生のミッションというものです。

「私の使命はこれです」「人生懸けてやるべきもの、私の使命はこれです」と言えるものが欲しかったのです。

 

何者かになるために、考えて考えて、頭がはげるほど考えても、知恵熱が出るほど考えても見つからなくて。

「考えて見つからないなら、行動しているうちに見つかるかも」と、行動しまくった日々。

 

30歳を過ぎてようやく人生のミッションを見つけ、今も継続して精進しています。

 

何者かにはなれました。

それでも、何かが満たされたわけではありませんでした。

しかし、お金が付いてきませんでしたので、独立もできず、会社員に片足ツッコんだまま二足のわらじで過ごす時期が長かったです。

 

そんな状況を脱却しようと、ビジネスの勉強も始めました。

まず、やりたいことをするために、自由になる時間が欲しかったのです。もちろんお金も。

会社に束縛されていては、自分のミッションに時間をかけられません。

 

それに会社員をやっていても、これから先どうなるか分からないですし、会社にも国にも頼らずに自分で稼いで生きていく術を身につけなければ、と思っていたことも大きな理由です。

 

ですが、すぐに結果が出るほど甘いものではありませんでした。

 

もがいている時期は、仕事もフル勤務+残業の後に、帰宅してから、自分の他の活動とビジネスの作業をする毎日。

トリプルワークのような生活でした。

 

仕事がお休みの日も、自分の仕事ばかり。

自分の生活から、娯楽も人付き合いも削って、仕事に時間を使っていた数年間でした。

 

成功までの道のりが長い。

成功までの山の傾斜がきつい。

永遠に届かないゴールを目指して、ゼーゼー、ハーハー言って、急斜面を登り続けているような感覚でした。

 

もちろん高みを目指すのは良いことだし、それが理想だけれど、

この一年、何だか「そんなに頑張らなくてもいいじゃない」と思うようになってきました。

同じ頑張るにしても、もう少しゆっくりと、休みながらでもいいのではないかと。

 

今のありのままの自分を認めつつ、今まで培ったスキルを伸ばしていく。

思い描く理想の姿は理想として持ちながら、努力は続けていく。

 

自分に合ったやり方で、自分の器に合った量で、

引き続き、できることをコツコツ積み重ねていくのがいいのだと思います。

 

お金を追いかけるのではなく、本当に自分のやるべきことにフォーカスして、人の役に立つことを意識してやっていれば、いずれお金は後から付いてくるのではないかと思っています。

 

焦らなくていいと思いました。

飾らず、自分自身のまま、自分らしく生きた方が幸福度は高いと思うので。

生き急ぐ必要はないのです。

 

ではまた。

 

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